平成三十年 秋の黄綬褒章を受章


 

 この度、弊社代表取締役会長 大島 憲明が永年に亘り再開発コーディネーター業の普及発展に尽力した功績により、平成三十年 秋の黄綬褒章受章の栄誉に浴しました。

 平成3年の故藤田邦明の褒章受章は「建築設計監理業」としての表彰であったのに対し、この度の受賞は「再開発コーディネーター業」としての表彰でした。

 藤田が目指した「再開発コーディネーター業務の確立と発展」を社是とする私どもにとっては、大変栄誉なことであります。

 

ご 挨 拶

 この度の思わぬ受章に際し、なにより私どもが発展を願う「再開発コーディネーター業」に対して褒章をいただいたことを幸甚に存じております。 

 これもひとえに、再開発コーディネーター協会の先輩後輩の皆さま、ともに仕事をさせて いただいた皆さまをはじめ、多くの皆さまのご指導ご支援の賜物と心より感謝申し上げます。また当社の創業者である故藤田邦昭氏をはじめ、入社以来多くの所員の皆さまに叱咤激励いただき、支えていただいたことにも心より感謝申し上げます。

 今後とも皆さまのご芳情に報いるべく、また褒章の栄誉に恥じることのないよう再開発コーディネーター業の発展に微力ながら尽くす所存でございます。

  

代表取締役会長

大島  憲明


 

大島 憲明  事績概要

1.事績概要

 昭和48年大阪大学工学部環境工学科卒業後、株式会社都市問題経営研究所に入社。平成 12年に代表取締役所長に、平成25年に代表取締役会長に就任し、現在に至ります。

 入社後は専ら再開発事業を中心に、当初は調査や基本計画、管理運営計画の立案を手がけました。特に再開発事業における管理運営計画の計画手法の確立は全国の先駆けとなり、後 年、再開発事業段階における管理運営計画の必要性が認識される契機となりました。

 また、平成7年に発生した阪神・淡路大震災に際しては、被災マンションの再建、震災復 興市街地再開発事業、震災復興土地区画整理事業など多くの手法の復興事業を手がけると ともに、被災者に過度の負担となる税制の改正に取り組み、税の減免など被災地全体の復 興に寄与することができました。

 平成18年以降は老朽化した再開発ビルの再生、再々開発に先駆的に取り組みました。 特に中心的に関わった「温泉プラザ山鹿(熊本県山鹿市)」「ノバティながの(大阪府河内 長野市)」は国土交通省からも高く評価され、先進的な再生事例として各種説明資料等に取 り上げられる事業となりました。

 また、再開発ビルの再生や活性化を目的に設立された「特定非営利活動法人再開発ビル 活性化ネットワーク」の立ち上げにも携わり、関西を中心に再開発ビル活性化に多くの実 績を積み上げてきました。

 このような経緯の中で、老朽化・空洞化した再開発ビルの再生に係る手法や制度改正、 新法の提案なども行うなど多角的なアプローチにより、より良い中心市街地やまちづくり のために日々邁進しています。

 さらに、良好な居住環境を確保するとともに、近年頻発する大規模地震等の災害による 被害を防止するため、老朽化したマンションの建替え事業にも積極的に取り組んでいます。
 以下に、具体的な事例と経緯を記します。
 
(1) 再開発事業の推進

 再開発事業に携わり始めた昭和50年頃は、再開発コーディネーターやコンサルタントの主な業務領域は事業完了までというのが通例でありましたが、日本住宅公団(現独立行政法人都市再生機構)が関西地区で初めて再開発事業に参加組合員として事業参画した上本町(うえほんまち)地区(大阪市)では、事業完了後も公団とともに管理運営面に携わることとなりました。そこで複合用途の再開発ビルの管理運営上のさまざまな課題や問題に取り組み、それらへの対応策を新たに導き出すに至りました。

 これらの成果を共同で「複合ビルの管理・運営実務計画資料集―再開発ビルを中心に―」(1986年綜合ユニコム)として著しました。この著書のなかで提案した管理運営計画の計画手法―計画内容を「組織」、「規約」、「費用」の3領域での作業系列とそれらの相互関係を位置づける手法―は、先に述べましたとおり、再開発事業の事業段階における管理運営計画の必要性、重要性が認識される契機となりました。

 

<再開発事業等の主な実績>

 昭和52年~昭和55年  上六地区第一種市街地再開発事業(大阪市)

 昭和59年~昭和60年  阪急川西能勢口駅前地区第一工区第一種市街地再開発事業(兵庫県川西市)

 昭和59年~昭和61年  逆瀬川駅前地区第一種市街地再開発事業(兵庫県宝塚市)

 昭和59年~平成元年  河内長野駅前地区第一種市街地再開発事業(大阪府河内長野市)

 平成元年~平成  6年  JR西宮駅南地区第一種市街地再開発事業(兵庫県西宮市) 

 平成  3年~平成  6年  阪急川西能勢口駅前地区第二工区第一種市街地再開発事業(兵庫県川西市)

 平成  9年~平成11年  JR尼崎駅北第二地区第一種市街地再開発事業(兵庫県尼崎市)

 平成  8年~平成12年  豊中駅西口地区第一種市街地再開発事業(大阪府豊中市)

 平成10年~平成13年  若江岩田駅前地区第一種市街地再開発事業(大阪府東大阪市)

 平成12年~平成13年  お城本町地区第一種市街地再開発事業(兵庫県姫路市)
 平成12年~平成14年  泉佐野駅上東地区第一種市街地再開発事業(大阪府泉佐野市)

 平成12年~平成15年  室町一丁目地区第一種市街地再開発事業(北九州市)
 平成14年~平成16年  JR高槻駅北地区第一種市街地再開発事業(大阪府高槻市)

 平成14年~平成18年  千里あかしや住宅建替え事業(大阪府豊中市)
 平成15年~平成18年  益田駅前地区第一種市街地再開発事業(島根県益田市)
 平成20年~平成21年  ノバティながの再生・リニューアル事業(大阪府河内長野市)

 平成18年~平成22年  プラザファイブ地区暮らし・にぎわい再生事業(熊本県山鹿市)

 平成13年~平成22年  東岸和田駅前地区防災街区整備事業(大阪府寝屋川市)
 平成19年~平成23年  阿倍野A1地区第2種市街地再開発事業A2棟(大阪市)

 平成21年~平成23年  千里メゾネット建替え事業(大阪府吹田市)
 平成21年~平成24年  東丘住宅建替え事業(大阪府豊中市)
 平成18年~平成26年  上野市駅前地区第一種市街地再開発事業(三重県伊賀市)

 平成25年~現在     銀座六丁目地区管理運営計画(東京都中央区)

 平成27年~現在     多治見駅南地区第一種市街地再開発事業(岐阜県多治見市)

 平成27年~現在     アドバンスねやがわ管理(株)経営健全化計画(大阪府寝屋川市)

 平成28年~現在     北鈴蘭台駅前地区第一種市街地再開発事業(神戸市)

 

(2) 阪神・淡路大震災への復興支援

 阪神・淡路大震災の復興事業では、全壊した神戸市東灘区の新甲南市場において、従来にない手法による復興事業を提案・指導し、震災復興に大きく貢献することができたと自負しています。

 新しい手法とは、新甲南市場の復興のために被災した市場の商店主自らが出資するとともに、全国からの復興支援の1株株主を募集して「新甲南市場復興株式会社」を設立し、この会社がデベロッパーとして優良建築物等整備事業の事業主体となり、復興事業を推進するというもので、後の市街地再開発事業における再開発会社施行の先駆けとなりました。

 さらに、権利調整にあたっては、評価額ではなく評価ポイント(点数)方式を導入するなど、被災者の主体性と合意形成への工夫を提案するとともに、復興事業完成後の施設の管理運営を被災者出資の「新甲南市場復興株式会社」が引き続き担当するという仕組みも構築し、地元主導による復興事業を成功に導くことができました。

 また、被災地で多く採用された「全部譲渡方式」で、復興事業を進める被災者にとって過度の負担となる税制についての軽減策を提案しました。被災各地で復興に取り組んでいる再建組合や再建団体に働きかけ、被災21団体の署名を集め、その署名をもって、神戸市、芦屋市、西宮市、兵庫県、国に対して、それぞれ固定資産税、不動産取得税、登録免許税の負担軽減の陳情を行った結果、いずれの税についても減免措置が講じられ、被災者の負担軽減が実現、復興に大きく貢献することができました。

 この事業では、「一日も早い復興を」という被災者の強い願いを受け、プロジェクトチームの一員として昼夜分かたず業務に没頭しました。震災から3年目の平成10年1月17日の前日、被災市場の再建第1号として竣工し、多くのマスコミにも取り上げられる事業となりました。
 

<震災直後>

 

<竣工後>

 

<震災復興に係る主な実績>

 平成7~10年  芦屋第2コーポラス再建事業(芦屋市)

 平成7~10年  新甲南市場復興事業(神戸市東灘区)

 平成8~11年  芦屋中央地区震災復興土地区画整理事業(兵庫県芦屋市)

 平成9~12年  阪急西宮北口駅北東地区震災復興第二種市街地再開発事業   (兵庫県西宮市)
 
<震災復興に係る業績関連の著書・論文等>

 ・事業誌「自分たちの市場は自分たちで~全壊から復興まで~」(平成10年 新甲南市場復興㈱)

 ・「地元主導による新甲南市場復興と共同化の試み」(再開発研究第14号 平成10年  (社)再開発コーディネーター協会)

 ・「全部譲渡方式による共同再建事業に関する税制の改正について」(再開発研究第16号 平成12年 (社)再開発コーディネーター協会)

 

 

(3) 再開発ビルの再生の新たな手法への取り組み

 平成18年以降は、事業に携わった昭和50年代竣工の再開発ビルの老朽化や核店舗の退店により街に活気がなくなり衰退していくことに早くから着目し、竣工後30年を超えて老朽化、空洞化した再開発ビルの再生や再々開発に先駆的に取り組むこととなりました。

 中心的に関わった再生事業の「温泉プラザ山鹿」(熊本県山鹿市、再生事業当時名は「プラザファイブ」)、「ノバティながの」(大阪府河内長野市)では、「暮らし・にぎわい再生事業」(平成18年創設)や「エリアマネジメント支援事業」(平成21年創設)など、国土交通省がまちの再生・活性化のために創設した新制度をいち早く活用し、再生事業を成功に導くことが できました。

 これらの事業は、国土交通省が関係機関や一般向けに制度を説明する資料等の事例紹介に取り上げられるなど、先駆的な成功事例として高い評価を受けています。

 国土交通省のホームページの「暮らし・にぎわい事業」や「都市環境改善支援事業(エリアマネジメント支援事業)」の事例として掲げられたほか、全国の再開発事業に関わる自治体が参加する「全国市街地再開発事業研究会」(主催:都市再開発促進協議会)でも再三にわたって取り上げられました。第38回、第44回研究会では基調講演を行い、これらの事業の紹介と課題について問題提起をしています。

 また、(財)全国研修センターや(社)全国市街地再開発協会のセミナーでの講演などで、再開発ビル等の再生やリニューアルの必要性、地域や街の活性化にとって再々開発の重要性、都市再開発法の適用要件の緩和の必要性等々について、積極的に啓蒙を行っているほか、課題や課題を克服するための新たな法制度-区分所有法の改正やリニューアル新法―を提案するなど「中心市街地・まちの再生」に役立つ手法の提案、実現にも積極的に取り組んでいます。

 

① 「温泉プラザ山鹿」(熊本県山鹿市)

 熊本県山鹿市は、人口約5.8万人(再生事業当時)の地方都市ですが、街の中心的な娯楽・商業施設として昭和55年に完成した「温泉プラザ山鹿」が老朽化し、約半分の空き床が生じて集客力も低下して、街全体の活気もなくなっていました。

 私が現地に中小企業基盤整備機構のアドバイザーとして派遣された平成17年10月頃は、山鹿市をはじめ地元が再生事業の進捗に行き詰まっていました。都市再開発法の再適用による再々開発事業の検討を行いましたが、「再開発事業の要件(公共施設の不足、土地の細分化)に 該当しない」(国土交通省)ことから、手法を切り替え、当時国土交通省が創設の準備をしていた「暮らし・にぎわい再生事業」を制度創設直後に適用されるよう尽力しました。同時に、これまでに例のない再開発ビルの「減築・リニューアル」の手法を取り入れることにより、地元の費用負担を大きく低減して耐震工事を実施する条件を整えるなど、中心市街地の中心施設の再生に取り組みました。

 この事業において、事業手法の提案、事業組み立て、補助制度の適用等、これまでに培った経験を活かして事業推進に取り組み、困難な事業を完成に導くことができました。

 こうした経緯から、私が多くの関係者と共に行った問題提起は、「再々開発」への都市再開発法の再適用の可能性に関する「事務連絡」(平成22年4月)へと繋がることとなりました。

 尚、この事業は、中心市街地活性化に寄与するに留まらず、再開発ビルの中に収容されていた明治時代の共同浴場「さくら湯」を純木造建築物として減築部分の敷地に再興するという、山鹿市にとっても極めて重要な施設の整備を伴ったものであります。

 復元された共同浴場「さくら湯」は現在も市民の憩いの場となっているほか、平成13年に同じく「平成の大修理」によって復元された明治時代の芝居小屋「八千代座」とともに、山鹿市の大きな観光資源ともなっています。
 

 

② 「ノバティながの」(大阪府河内長野市)

 大阪府河内長野市は、大阪府南部にある人口約11.5万人(再生事業当時)の郊外型都市です。街の中心的な商業施設として平成元年に完成した「ノバティながの」があり、周辺住民の生活拠点としてにぎわっていましたが、核店舗の「西友百貨店」が平成20年に退店したことにより約8割が空き床となり、施設の存続が困難となっていました。

 そこでは約61億円の消費生活の利便性が失われ、450人の雇用が喪失するなどの中心市街地の空洞化に対して、国土交通省が平成21年に創設した「エリアマネジメント支援事業」の補助制度をいち早く活用して(平成21年採択)施設の再生に取り組みました。

 河内長野市や商業コンサルタントが奔走して決定した後継テナントの導入に当り、それまでの通路やトイレの位置の変更、所有関係の整理、賃料の低減、管理費の低減等、テナント条件の改善の提案と区分所有者の合意形成に取り組むなど、再生・リニューアル事業のコーディネーターとして、これまでの経験と知識をもって事業推進に奔走し、大型店の退店からわずか8ヵ月後にリニューアルオープンにこぎ着け、まちの再生の一助となることができまし た。

 特に、後継テナントとして食品スーパーを早期に導入できたことは、他の物販店等の導入の起爆剤ともなり、市民の消費生活を支えることに繋がりました。

 私にとって、『商業施設、特に食料品スーパーは社会的インフラとして捉えるべきだ』との確信を得た再生事業でした。 

 

 

 

③ 再開発ビル再生に向けた取り組み

 再開発ビルは複合用途の区分所有ビルであることから、再開発ビルの再生や再々開発には多くの課題が存在します。

 そのため、上記のような再開発ビル再生、リニューアル事業の現場での経験から、再開発コーディネーター協会に設置された「再開発ビル再生検討部会」での「再開発ビルの活性化に必要な区分所有に関する諸施策」の取り纏めに中心となって関わり、また、区分所有法の改正やリニューアル新法の提案など、再開発ビルの再生、再々開発に関する制度提案などにも主導的な役割を担ってきました。

 さらに、関西を中心とした再開発ビルの管理運営会社や第3セクターを主な構成員として平成18年に設立された「特定非営利活動法人 再開発ビル活性化ネットワーク」の立ち上げに主導的に携わり、設立以降、再開発ビルの再生、活性化に取り組んでいます。

 

<再開発ビルの再生等に係る主な実績>

 平成18年   特定非営利活動法人 再開発ビル活性化ネットワーク設立

         理事就任(~現在)
 平成18~20年 プラザファイブ地区暮らしにぎわい再生事業(熊本県山鹿市)

 平成20~22年 ノバティながの再生・リニューアル事業(大阪府河内長野市)

 平成27~28年 アドバンスねやがわ経営健全化に関する業務(大阪府寝屋川市)

 

<再開発ビルの再生等に係る業績関連の著書・論文等>

 ・「減築・改修・一部建替えによる再開発ビルの再生」(再開発研究26号 平成22年 (社)再開発コーディネーター協会)
 ・「NPO法人による再開発ビル再生の取組み」(平成20年 (社)再開発コーディネーター)

 

2.再開発コーディネーター協会における活動

 社団法人再開発コーディネーター協会(平成24年11月に一般社団法人に移行)は、再開発コーディネート業務の健全な発展と再開発コーディネーターの技術的水準及び社会的地位の向上を図ることにより、市街地の再開発の円滑かつ広範な促進と公共の福祉の増進に寄与することを目的に昭和60年5月に設立されました。

 昭和63年に個人正会員となり、都市再開発の促進のため、再開発コーディネーター養成講座の講師、調査研究委員会管理運営部会、再開発ビル再生検討部会、マンション建替え検討委員会等で活動を続けてきました。 管理運営面からの「事業段階で考慮すべき設計上の課題」や「再開発ビルの活性化のための区分所有に関する諸課題」、「マンション建替え業務基準」の取り纏めにも携わり、再開発コーディネーターやコンサルタントの業務遂行への指針を示すなど、業界の発展に寄与することができました。

 このような活動経験と業界内外からの推薦もいただき、平成16年5月から協会監事、平成20年5月から協会理事に就任し、現在に至っています。

 理事就任後は協会全体の運営に積極的に関わり、運営特別委員会委員として協会の運営に係る重要な課題に対応するとともに、協会正会員の入会審査を行う審査会審査員、再開発事業の専門技術者の資格制度である再開発プランナーの資格付与を審査する再開発プランナー審査会及び実務経験審査委員会の委員などを務め、優れた人材の育成並びに業界全体の発展のため の活動を続けています。

 

3.黄綬褒章受章

 以上のような経緯により、平成30年秋の黄綬褒章受章に際し、永年に亘る再開発コーディネーター業の普及・啓発に尽力した功績として図らずもその栄誉に浴しました。なにより私どもが発展を願う『再開発コーディネーター業』に対して褒章をいただいたことは幸甚であります。

 これもひとえに、再開発コーディネーター協会の先輩後輩の皆さま、ともに仕事をさせていただいた皆さまをはじめ、多くの皆さまの心温かなご指導ご支援の賜物であり、心より感謝するとともに、今後とも皆さまのご芳情に報いるべく、再開発コーディネーター業の発展に微力ながら尽してまいります。